30余年前の大学卒業以来、外資系を含め7社でキャリアを重ねてきました。メーカーでの事業開発が長く、他にベンチャーキャピタル業務や、M&Aに携わった経験もあります。現在は、自動車や半導体ほか幅広くソリューションを提供する外資の化学品メーカーに勤務しています。MBAを目指したのは実は3度目です。1度目は20代の頃で、在籍年数が短いため社内選考を通りませんでした。2度目は、10年ほど前に私立の大学院に合格したものの、転勤により断念。今回は、兼務していた業務を解かれて時間ができたので、急いで準備して受験したところ、一橋ビジネススクール(経営管理プログラム)に合格できました。
このタイミングを逃すと二度とチャンスが訪れないという思いがあったのと、もうひとつ、日頃の業務において、米国本社の経営幹部と合意形成するために理論面を補強する必要があると感じていました。「理論と現実の往復運動の重視」を掲げており、自分の目的とぴったり一致すると考えました。
プログラムの特徴として、まずは人数の少なさが挙げられます。経営管理プログラムの私の代は60名弱で、しかもインタラクティブな講義が大半を占めるため、名前と顔もすぐに一致するようになります。グループワーク重視であることから、インプットは事前にやっておくのが当たり前で、課題もかなり多い。「先生たちは僕らが昼間に仕事しているのを忘れていないか?」なんて冗談が出るくらい(笑)。みな社会人で多忙な中、助け合いの精神で乗り切りました。例えば、ファイナンス分野のグループワークであればファイナンス系の人がリードする、M&Aについては、実務でM&Aに携わっている人が自主勉強会の音頭とりをしてくれるといった具合です。多業種・多職種の企業人に加え、同級生には弁護士や会計士もいて、皆が専門性や知見を持ち寄って助け合いました。
どの授業もそれぞれに異なる学びがありましたが、あえて一つ挙げるとすれば、スキル習得の観点では、田村俊夫先生の「M&Aの理論と実務」が最も印象的でした。きわめて実践的で、まだディールがクローズしていない現在進行中のケースも取り上げるなど、とてもアグレッシブな授業です。先生の事前準備と、課題に対する講評を含むアフターフォローの丁寧さにも深い感銘を受けました。学生が実際にM&Aを担当することを想定した、OJTに近い講義であったと感じます。米国のケースが課題に出た時には、当該企業のSEC年次報告書を読み込んでレポートを書くなど、こちらも真剣勝負で臨みました。
経営管理プログラムの特色として、パートタイムMBAの実践的学びと、フルタイムMBAに近いレポート(ワークショップレポート)執筆があり、その2つを兼ね備えていることが大きな魅力と感じます。
私は安田行宏先生のワークショップ(WS)に所属し、イノベーション測定と企業価値の関係をテーマに研究しました。安田先生はリサーチクエスチョン、つまり、「どういう学術的な疑問を持っているのか」を重視されていて、自分自身が本当に疑問に思っていることを追究するよう、ご指導いただきました。私の場合は、これまでに所属したどの会社でも「イノベーション」を推進しようとするものの、その概念が人によって異なることに疑念を持っていました。イノベーションをまず厳密に言葉で定義できて、それをきちんと測定できないとイノベーションを起こせない。その三段論法を出発点にしました。実際には回帰分析に使用する係数の選定に苦慮したり、統計的に有意な結果が出なかったりと苦労の連続でしたが、先生のご指導や WSの中で同級生からの意見をもらいながら、なんとか脱稿まで辿り着くことができました。
MBAで得た学びのうち、私の場合、特に即戦力として役立つのは財務分析、マーケティングのフレームワーク、実証分析能力の3つです。入学前に課題としていた米国本社の経営幹部との合意形成能力についても、非常に上がったと実感しています。彼らと話をする時のロジックの組み方が変わったと思いますし、学術論文を参照する癖がついたので、著名教授の論文を典拠として挙げたり、学術研究のサマリーを会社への改善提案として提出したりもしました。
ただ、振り返ってみると、こうした直接的な実務上のメリットよりも、むしろ、年齢によらず知的好奇心が刺激され、知的生産活動が再活性化されること、そして学習能力が確実に向上することを実感できたことが最大のメリットと感じます。長らくインプットが滞り、ストックからのアウトプットに偏っていた状態からの脱却です。一橋で築けたネットワークなども含めれば、投入した時間に比べて得たものがはるかに大きく、非常に良い選択だったと強く思います。卒業後も同級生との付き合いは続きますし、仕事での協業の話も始まっています。先生方は「日本一のビジネススクール」という強いパッションをお持ちなので、私も卒業生の組織化の面などで協力できればと思っています。今から10年後にはとても強力な卒業生のアルムナイ(同窓会)ができて、それが1つのパワーになっていくと期待しています。
(2022年4月掲載)